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2021.03.10 COLUMN

定年後再雇用の基本給6割未満に「不合理」判決 その理由を詳しく解説

2021年4月から改正高年齢者雇用安定法が施行され、事業者には従業員が70歳まで就業できるような措置を講じることが努力義務になります。

この改正法施行を前に、再雇用の嘱託社員の待遇をめぐるある訴訟の判決が出されました。
再雇用者の基本給について具体的な目安が示されたという点で注目されています。
定年後の社員を再雇用している、あるいはこれから検討する経営者にとっては、ひとつのベンチマークになりそうです。

 

定年後再雇用の基本給減額に線引き

 

同一労働同一賃金をめぐる訴訟は近年相次いでおり、どこまでが不合理な格差でどこからがそうでないのかについて様々な判例が示されてきました。

ただ、いずれも賞与や各種手当をめぐる訴訟であり、また、裁判所によって見解が割れることもありました。
一方で2020年10月に名古屋地裁で判決が出されたこの裁判は、

・定年後再雇用の「基本給」について、

・不合理と言える待遇差の目安を示した

という2つの点で注目されています。

裁判は自動車学校に定年後再雇用で勤務していた男性社員2人が、正社員との間の基本給などに関する待遇の違いは不合理であるとして、学校を相手に定年時と同額の賃金を支払うよう求めたものです。

当時、男性2人の基本給は、

A氏)定年退職時18万1640円 → 嘱託社員1年目8万1738円、その後7万4677円
B氏)定年退職時16万7250円 → 嘱託社員1年目8万1700円、その後7万2700円

となっており、A氏は定年退職時の45%、B氏は48.8%になっていて、若い正社員の基本給を下回っている状況でした。
一方で役職を退任したこと以外では、教習指導者という仕事の内容はそれまでと変わらないとして、2人は訴えを起こしたのです。

この点について、名古屋地裁は踏み込んだ見解を示しました。

原告らの正職員定年退職時と嘱託職員時の各基本給に係る金額という労働条件の相違は、労働者の生活保障という観点も踏まえ、嘱託職員時の基本給が正職員定年退職時の基本給の60%を下回る限度で、労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たると解するのが相当である。<引用「裁判例速報 平成28年(ワ)第4165号 地位確認等請求事件」裁判所>
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/928/089928_hanrei.pdf p34

裁判所は「60%」の根拠について明示はしていませんが、判決文では再雇用者の賃金について考えるときの指標となる項目がいくつか示されています。

判決で重視されているのは、「賃金の意味合い」です。
再雇用の賃金設定にあたって実務レベルで注意したいポイントを押さえておきましょう。

 

持ち出された2件の最高裁判決

 

労働契約法20条(2018年に「改正パートタイム労働法」に統合され削除)は、有期労働者と無期契約労働者との間で、期間の定めがあることにより不合理に労働条件を相違させることを禁じたものです。

そしてこの20条の解釈として名古屋地裁は、2つのポイントを主張しています。過去の最高裁判決で述べられたことを再主張したものです。

両者の労働条件の相違が不合理であるか否かの判断は規範的評価を伴うものであるから、当該相違が不合理であるとの評価を基礎付ける事実については当該相違が同条に違反することを争う者が、当該相違が不合理であるとの評価を妨げる事実については当該相違が同条に違反することを争う者が、それぞれ主張立証責任を負うものと解される<引用「裁判例速報 平成28年(ワ)第4165号 地位確認等請求事件」裁判所>
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/928/089928_hanrei.pdf p25

 

労働者の賃金が複数の賃金項目から構成されている場合、個々の賃金項目に係る賃金は、通常、賃金項目ごとに、その趣旨を異にするものであるということができる。
(中略)
労働条件の相違が不合理と認められるものであるか否かを判断するに当たっては、両者の賃金の同額を比較することのみによるのではなく、当該賃金項目の趣旨を個別に考慮すべきである<引用「裁判例速報 平成28年(ワ)第4165号 地位確認等請求事件」裁判所>
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/928/089928_hanrei.pdf p26

引用元となっている2つの最高裁判決は、前者は契約社員が、後者は再雇用の嘱託社員が正社員との待遇格差をなくすよう訴えていたものです。

この2つの裁判では、それまで曖昧になっていた「不合理な格差」の具体的内容が示されました。

まず前者の事件では、各種手当を正社員にしか支払わないのは不当、という訴えで、これに対し最高裁は住宅手当以外の手当は契約社員にも支払うべきとの見解を示しました。

住宅手当が支給対象にならなかったのは、正社員は転居を伴う転勤の予定があるが契約社員にはない、という理由を会社側が明示し、これは合理的な差であると認められたためです。
それ以外の通勤手当、皆勤手当などについては正社員にしか支払わないという合理的な理由がない、という理由でした。

そして後者の事件でも、待遇差について、賃金項目ひとつひとつの意味合いを考慮した判決が出されました。こちらの事件では、精勤手当や超勤手当については「不支給は不合理な格差」とし、賞与や住宅手当については不支給の正当性を認めています。

「なぜこの金額は正社員に支払い、契約社員に支払わないのか」について、業務内容に照らした合理的な理由を説明できなければそれは不当な格差だという考えが踏襲されました。今後も基準になり続けると考えられます。

 

基本給を減額する「合理的な理由」とは何か

 

さて、今回名古屋地裁が下した判断は「基本給」についてです。
2つの最高裁判決を持ち出し、名古屋地裁が指摘したのは「基本給の性質」です。
各種手当だけでなく、基本給についてもどのようなスタンスで決定しているのかが問われたのです。

基本給の設定は、経営サイドにとっては難しいところです。
特に定年後再雇用の場合、役職に就くわけではない人材に定年前と同じ水準の給与を支払い続けていてはコストに耐えきれないという実情があります。また、年金受給が見えていますから、そう多くを支払う必要もないのでは、と考えてしまうかもしれません。

実際、名古屋地裁は、この自動車学校の基本給について経営側の事情を認定しています。

基本給に係る正職員と嘱託職員の相違が不合理であるとの評価を妨げる事実等について検討するに、正職員の基本給は、長期雇用を前提とし、年功的性格を含むものであり、正職員が今後役職に就くこと、あるいはさらに高位の役職に就くことも想定して定められているものである一方、嘱託職員の基本給は、長期雇用を前提とせず、年功的性格を含まないものであり、嘱託職員が今後役職に就くことも予定されていないことが指摘できる。また、嘱託職員は、正職員を60歳で定年となった際に退職金の支払いを受け、それ以降、用件を満たせば、高年齢雇用継続基本給付金及び高齢厚生年金(比例報酬分)の支給を受けることが予定され、現に、原告らはこれを受給していたことも、基本給に係る相違が不合理であるとの評価を妨げる事実であるともいえる。<引用「裁判例速報 平成28年(ワ)第4165号 地位確認等請求事件」裁判所>
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/928/089928_hanrei.pdf p32

しかし、一方でこのように指摘しています。

しかし、これら事実は、定年後再雇用の労働者の多くに当てはまる事情であり、(中略)とりわけ原告らの嘱託職員時の基本給が、それ自体賃金センサス上の平均賃金に満たない正職員定年退職時の賃金の基本給を大きく下回ることや、その結果、若年正社員の基本給も下回ることを正当化するには足りないというほかない。<引用「裁判例速報 平成28年(ワ)第4165号 地位確認等請求事件」裁判所>
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/928/089928_hanrei.pdf p32

判決では基本給の性格として以下のポイントを指摘しています。

・自動車学校の正社員の基本給は勤続年数に応じて増加する「年功的性格」を持っている
・基本給に「年功的性格」があるために、若年正職員の基本給は将来の昇給に備えて低く抑えられがちだが、原告らの基本給はこうした若年正職員よりも低い
・原告に支払われていた賃金は賃金センサス(賃金構造基本統計調査による平均賃金)を大きく下回っている
・年金受給は基本給減額の理由としては不十分
・この自動車学校では、基本給は労働の対償の中でも中核を占めており、賞与などにも影響する存在と位置付けられている

基本給を漠然としたものでなく、上記の性格から合理的に決定すべきということです。

勤続年数に応じて基本給が大幅に上がるシステムを採用している事業者の場合は注意が必要です。「経験に応じた昇給」と位置付けている場合、再雇用だからといって極端な減額は許されないということでもあります。

 

雇用制度・賃金制度のターニングポイント

 

「同一労働同一賃金」「高年齢者雇用安定法」が近いタイミングで法制化されたことで、企業は人手確保や賃金のあり方について様々な見直しが迫られています。
そのような中、この裁判は2つのルールの両立について考えさせる例であると言えます。

人手不足感の解消のためにシニア層を「安く雇える経験者」と捉えてしまうと足をすくわれることを示し、かつ、基本給の目安までもを同時に示しました。

一方で若手を確保し教育することは企業の将来のためにも必須であり、また現代では、フリーランスや副業・兼業者の存在感が増しているほか、転職市場の流動性が高まっている状況です。
どこからどのように人手を補うのか、選択肢が増えたのも事実です。

ただ、判決を参考にしたいポイントがひとつあります。

「その人の何に対していくらを支払うのか」といった部分の点検をしてみるきっかけになるということです。

必要なのは人数なのか、経験値なのか、あるいは多様性なのか。
資格を有する人材を必要とするのか、柔軟に関与できる人材を必要とするのか、と、企業や業種によっても違いが生まれることでしょう。

ここで人材への合理的投資について考え直し、社内の労働力構成、人件費構成を見直す良いきっかけにしてはいかがでしょうか。