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2020.09.03 COLUMN

直感が鋭い人とそうでない人の違いとは?

「あの人は直感が鋭い」という言葉をよく耳にしますし、自分の直感の鋭さを自負している人にもよく出会います。
そうした人は確かに普通の人が思いもよらないような賭けに出てそれを見事に的中させたり、相手が考えていることを見抜いたりして周囲を驚かせることも多々あります。

しかし、一方で私の目から見て、それは単なる思い込みに過ぎなかったり、過去の経験の蓄積によるパターン認識で見抜いているだけに見えるケースも少なくはありません。

そのような状況を鑑みるにつけ、本当に直感が鋭い人とそうでない人はどのように判別できるのかを考えたことがあります。
私の中では現時点で
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その人が自分自身の人生や身の回りの人たちに対して、
非連続な展開をもたらせているのかどうかで決まる
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という結論に達しています。

私たちは普段、漫然と行っているか、意識的に行っているかの違いはあるにしても、何らかの意思決定は下しています。

そして、その意思決定をたとえどれだけ合理的に行っているつもりでも、すべての情報を仕入れることはできなかったり、情報収集や意思決定にバイアスがかかったりして、何らかの歪みのある結論に至っているのは否めません。

仮にその結論が目先の状況においては適切な答えのように見えていても、その副作用に気付かず、後々何かしらの影響を受けるということも起こりえます。

私たちは結局のところ、意思決定において完全完璧な合理性を持ち込むことはできず、何らかの自分の感覚を土台にしながら生きていることになります。

その感覚が前面に表現されれば「直感」ということになりますが、それが純粋な「直感」にあたるものなのか、もしくは 単なる思い込みや、パターン認識によるものなのかどうかはあまり厳密には検証されていないケースがほとんどです

もし、それが純粋な「直感」にあたるものであるなら、自分の固定観念や過去の枠組みを超えたところから生まれてきているので、それに従うことができれば必ずといっていいほど、過去の延長線上にはない展開がその人の人生の中にもたらされます。なぜなら、それは過去のパターンを超越した思考・行動のプロセスを自分の中に呼び起こすからです。

しかし、それが単なる思い込みや、パターン認識によるものであった場合、思考・行動のプロセスは結局のところ、繰り返されるにすぎないので、傍から見ると「また同じようなことをやっている」と見える事態に簡単に陥ります。

そうしたパターンを抜け出し、純粋な「直感」の力を磨いていく上で、マインドフルネスは非常に有効だと感じています。
結局のところ、思考の間隙をぬって自分の中の純粋な「直感」による閃きに気づけるかどうかは、自分の内面の雑音の少なさに比例すると思います。